すこーし不思議な男の子“ぬくまちくん”と、それに付き合わされる“ささこ”のお話。
お話は全て、ささこの視点から語られます。
愛してやってくださいな。
いつだって不思議なことをして、いっぱい、喰わされているぬくまちくんに、
今日はちょっとしたフクシュウをすることにしたのだ。
お互いの本名も、年齢も、何をやっているのかも知り合わないあたしたち。
だから、あたしはぬくまちくんに、こういう嘘をつくことにした。
“今日はあたしの誕生日なの”
実験だろうが、なんだろーが、付き合っている彼女の誕生日。
彼が一体、何を奉仕してくれるのかが気になった。
彼のことだから、図書券とか(僕が貰ったらうれしいから、とかいう理由で)
彼とお揃いの変なTシャツとかだったりするかもしれない。
どんな形でもいい。
彼があたしに注いでいるはずの愛情を、形として見てみたかった。
「ねえ、ぬくまちくん。今日はあたしの誕生日なの」
彼の返答はきっと、どんな推理小説家でも思いつかなかったことだろう。
金田一耕介だって、自分が目星をつけた犯人が「殺人ってなんですか?」と聞いてきたら、
きっとあたしと同じ顔をしたと思う。
「誕生日ってなに?」
彼は誕生日というものの存在をしらなかったのだ。
あたしは最早、ぬくまちくんという皮を被ったこの正体不明の男に、からかわれているとしか思えなかったのだが、
彼の素直な表情を、その少し寝癖のついた髪を、皺のとれていないTシャツを、
裏切ることは出来なかった。
「人間が、生まれた日のことよ」
一年は365日で巡るから、何年か前の同じ日に誕生した人を祝う、なんて
きっともう二度としないような希少な説明をした。
今この地球上で、誕生日について解説しているのは私か広辞苑しかいないと、いらぬ経験をしてしまった。
この調子だと、ぬくまちくんはクリスマスもバレンタインも知らないのかもしれない。
「わかった?」
そう言うと、彼は顎に指を添えて、少しだけ眉間に皺を寄せて黙っていた。
あたしは、表面では“信じられない”といったような顔をしながらも、本当は心の中でほっと息をついていた。少し、喜んでいた。
彼の反応があまりにも予想外だったから。
彼にはあたしが想像できるような範囲内での行動をとって欲しくないと、いつだってあたしの想像とは遠くかけ離れた世界で生きていて欲しいと
なんだか、到底恋人に対しては思わない不思議な思想をあたしは抱き始めていた。
「でもさ、大事なのは君がいったい、何年前のいつ生まれたか、ってことよりも
今こうして生きていることなんじゃないのかな?
誕生する、ってことよりも、生きていく、ってことの方がきっとずっと難しいよ。
それなら僕たちは毎日誕生パーティをしなくちゃいけないよ。」
だから、今日も生きていてくれてありがとう。
そう最後に付け加えて、あたしの手をひいて歩き出した。
彼が手をひいて歩く、とは言っても、けして無理矢理歩かされるスピードではない。
それでも、先程の彼の言葉にあたしの足は覚束無いのだ。
ぬくまちくんはきっと、自分の言葉がどんなにあたしをどきどきさせているか知らない。
(本音をいうと、知らないでいて欲しい。そんなことともかけはなれた存在であって欲しい)
だから少し気難しくなったあたしの心は、声に出して言わせてはくれないだろうけど、
きっと心の中でこう言う事になる。
ぬくまちくん、今日も生きていてくれてありがとう。