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流藤
青春の逃亡編です。

少女と少年は、旅に出ることにした。


正確に言うと、少年は少女を連れ、旅に出ることにした。
その小さな手のひらを、潰してしまいそうなくらいきつく握って。
小さな駅のホームにいる彼は大きすぎて、吐く息も人一倍大きかった。

少女は何も言わなかった。
人形のように感情が無いようにも見えたし、聖母のように全てを受け止めているようにも見えた。
ただ、黙って少年の傍にいた。

電車は敷かれたレールの上しか走らないところが気に入らなかったが、
この際気にしなかった。
見たことも無い何処かへ連れて行ってくれるのなら、どうでも良かった。
がたんごとん、と揺れる音が
少しだけ、コートに響くボールの音に似ていた。少女にそれを伝えようとしたけど、やめた。
彼女がコートやボールを思い出して、帰りたいと言われたらかなわないから。


電車の窓からは夕焼けの赤が入り込んできていて、目を細めた。
二人の黒髪も茶色く染まって、向かいの窓ガラスに映る自分たちが、古ぼけた写真のように見えた。

静かで、暖かい、小さな列車の中で
それでも、誰にもとられまいと少年は手を離さなかった。


少女は相変わらず何も言わなくて、窓の外をじっと見ていた。
少年の方なんて、イチミリも見なかった。


がたんごとん、誰にも指図されずに列車は走る。
何処で二人降りるのかは、誰も知らない。


一番遠くまでいける切符を買って、コートのポケットに入れた。
何処に行けても良かった。
コートとボールから逃げられれば。
そして、少女が傍にいれば。
明日には大騒ぎになるかもしれない、少女の親を泣かせることになるかもしれない。
チームプレイヤーが怒鳴るかもしれない、
監督は相変わらずの仏顔かもしれない。
でも、今、目を瞑ってみても見えるのはもっと別の明かりだ。
だからそれを追って列車に乗っただけだ。
それ以外のものなんて、どうだっていいのだ。


「あ、」


少女が声を出したので、少女の見つめるものを一緒に見た。
そこにあるのは、冬の空。夕暮れが夜に追われて、まるで空全部が虹のように輝いている様子だった。
空の下には都合の良いことに海があって、虹の空を見事に反射しては、虹を大きくしていた。

そこにあるのは、虹の空と海、そして
いつか自主練で走ったことのある砂浜。

いつかの日に、少女は黙って海を見ていて、少女の前を横切るように少年は砂浜を走っていた。
別にみてても面白くないぞ、って言ったのに
ううん、いいの。ただみたいだけ、って少女は笑った。

列車の窓から見ると、砂浜の大きさがよく判って、
大きな砂浜は夕日の赤を少しだけ反射しては、やはり昔の写真のようになっていた。
いつかの日に走っていた少年と、その日も黙っていた少女と一緒に。



がたんごとん、いつかの日から逃げるように列車は走る。
そのために、列車に乗ったのだ。
今一番美しく輝いている明かりを掴むために、そのために乗ったのだ。
なのに
なのに、




窓の外に映る、
この美しさは、なんだ。

 


未だ繋がったまま、だけど力の弱くなった手のひらを、今度は少女が逆に握り返した。
そして言うのだ。

「流川くん。かえろっか」

少年は項垂れて、握られていないほうの手で顔を覆った。
小さく、ただ小さく頷きながら。

輝かしい未来にとっての予定調和の逃亡劇は、こうして終わりを告げた。
その日のうちに二人は帰路について、もちろん次の日には大騒ぎになんてならずに。
少年は相変わらずコートの上でボールを追いかけては、
少女は黙って見つめるのだ。

今一番美しく輝いている未来を掴むために。

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